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TGS Speaker's Corner in Tokyo
日本にもスピーカーズ・コーナーを
7月の第1日曜日にロンドンのハイド・パークを訪れた。この大公園の中のマーブル・アーチに近い一面が日曜スピーカー弁士たちの「放し飼い」の場である。お昼近く、すでに思い思いの位置で、持参した脚立の上にたった紳士淑女たちが熱弁をふるっている。ここは日曜日に限り公認フリー・スピーチの場として開放されているから、弁士たちのテーマに制限はない。また語るのも自由なら、やじったり批判をぶつけるのも自由だからなかなか活気のある雰囲気だ。・・・・・・・・
説得力のある弁士の前には大きな人だかりができる。人気テーマはどうやら政治とセックスらしい。聴衆の数が増えれば、それだけ弁士のボルテージも上がる。・・・・・・・・
議論好きのイギリス人たちだから聴衆もだまってはいない。大声で同調したり、ブーイングしたり、また興奮した口調で反論したりするのだが、どうやらそこには自ずから一定の暗黙のルールがあるようだ。たとえば聴衆耳をかたむけるためにそこにいるのだから、弁士の演説をぶちこわすようなことをしてはいけない。反論するとしてもごく手短にするのがエチケットだ。それ以上長くやりたかったら自分で脚立を持ってきて、その隣で自分が弁士になるべきだ。また弁士をやじりたおしたり、けんかを売るのも「自主規制」の対象だ。・・・・・・・・
こういう雰囲気の中での最も有効な反論は、寸鉄人を刺すようなユーモアにあふれた一言だ。聴衆がどっと笑う。そういうときは弁士もムキにならない。それもごもっともな言い分だが、とまず相手をたて、手にしたコーラをぐいと一口飲みながら間合いを取り、反論の反論の準備をする。
この「放し飼い」の場には柵もなく入場資格制限もないので、人種、国籍、年齢を問わず誰でも自由に語り、聴くことができる。誰でも入場無料だが、誰にも報酬はない。弁士たちはどうやら聴衆に訴えるというよりは、自分の言いたいことを思い切り言うために脚立持参でやってきているようだ。だからとことん真剣にはならない、心のゆとりがそこにはある。ユーモアに裏打ちされたイギリス的草の根民主主義が底辺にあるのだろう。
日本でも同じことがすぐできるとは思わないが、いろいろと物言いたいことの多い昨今、こういう場がたとえば神宮外苑広場などにあればプッツンとなる前に脚立を持って行ってみよう、という気持ちにもなるだろう。そういう草の根的なオープンな語りのプレースをネット上だけでなくリアルの場でも持ちたいものだ。
河村幹夫著「ビジネスパーソンの人生術」
東洋経済新報社刊より
●多摩大学大学院
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